大判例

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山形地方裁判所 昭和56年(わ)6号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

押収してある売買契約書写二通(昭和五六年押第五号の符号一及び二一)中、各変造部分はいずれもこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、木材の製材及び販売等を営業目的とし、肩書住居地に本店を有する有限会社笹原製材所(以下、笹原製材所と略称する。)の代表取締役であるが、

第一  昭和五四年三月二日ころ、前記肩書住居地記載の被告人宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、古口営林署長高橋雄作の記名押印のある同営林署長と右笹原製材所及び奥羽木材工業株式会社との間の山形県最上郡戸沢村大字古口揚巻外七国有林三三よ全所在の通称土湯山林の杉立木等二万九八〇三本についての売買契約書中の売買代金欄に記載されている「7,000,000」の左横に鉛筆で「1」と書き加えたほか、あり合わせの売買契約書添付の内訳書に鉛筆で樹種、本数等を書き加えて合計金額欄に「17,000,000」と記載するなどして、右売買代金が一七〇〇万円であるように改ざんし、更に同月三日ころ、同県新庄市沖の町九番二号所在の株式会社小野商会において、これを複写機械により複写して、あたかも真正な右売買契約書原本を原形どおりに正確に複写したかのような形式、外観を備える右売買契約書写一通(昭和五六年押第五号の符号二一)を作成して変造したうえ、翌四日ころ、前記笹原製材所本店事務室において、広和林業株式会社(以下、広和林業と略称する。)代表取締役広島和正(以下、広島と略称する。)に対し、右変造売買契約書写をこれが真正に成立したもののように装つて交付して行使し

第二  昭和五三年末ころ、右広島との間で右笹原製材所が山崎林産工業株式会社及び株式会社阿部林業と共同で古口営林署から払下げを受ける予定の山形県最上郡戸沢村大字古口揚巻外七国有林三〇へ全所在の通称三の滝山林の杉立木等を払下げ価額と同額の代金で売渡す旨の約束をしていたところ、右杉立木等の払下げ価額が予想していたよりもかなり低額であつたことから右杉立木等の払下げ価額を偽つて売買代金名下に同人から金員を騙取しようと企て、同五四年五月三一日ころ、前記被告人宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、古口営林署長高橋雄作の記名押印のある同営林署長と右笹原製材所外二社との間の右杉立木等四六九一本についての売買契約書中の売買代金欄及び内訳書中の金額欄にそれぞれ記載されている「9,950,000」の左横に鉛筆で「2」とそれぞれ書き加え、右売買代金が二九九五万円であるように改ざんし、更に同日ころ、前記小野商会において、これを複写機械により複写して、あたかも真正な右売買契約書原本を原形どおりに正確に複写したかのような形式、外観を備える右売買契約書写一通(前同押号の符号一)を作成して変造したうえ、翌六月一日ころ、新潟市竜ケ島一丁目四番一四号所在の前記広和林業事務所において、前記広島に対し、真実は右杉立木等の払下代金は九九五万円であるのに、「昨日このように契約してきた。材積が増えたのと杉の質が良かつたのでこんな金額になつた。」などと虚構の事実を申し向けながら、右売買契約書写をこれが真正に成立したもののように装つて交付して行使し、同人をして事実右杉立木等の払下代金が二九九五万円であるものと誤信させ、よつて、即時同所において、右笹原製材所と広和林業との間に右杉立木等を代金三〇〇〇万円で売買する旨の契約を締結させたうえ、右売買代金名下に右広島から広和林業代表取締役広島和正各振出名義の額面二〇〇万円及び三〇〇万円の約束手形各一通の交付を受け、更に同月八日同人から同名下に株式会社北陸銀行新潟支店から山形県新庄市本町所在の株式会社山形銀行新庄市店の右笹原製材所名義の普通預金口座に二五〇〇万円の振込送金を受けてこれらを騙取し

第三  前記広島と前記第二のとおりの約束があつたことを奇貨として、更に前同様の方法で同人から金員を騙取しようと企て、同年七月三一日ころ、前記笹原製材所本店事務室から前記広和林業の事務所に電話をかけ、右広島に対し、事実は古口営林署との間では前記山崎林産工業株式会社及び株式会社阿部林産と共同して山形県最上郡戸沢村大字古口字揚巻外七国有林三〇い内い/内所在の通称三の滝山林の杉立木等四〇〇本を代金二〇〇万円で払下げを受ける旨の売買契約を締結しているのに、「今、営林署と契約をしてきたが、金額は五六〇万円だ。」などと虚構の事実を申し向け、その旨同人をして誤信させ、よつて、即刻右笹原製材所と広和林業との間に右杉立木等を代金五六〇万円で売買する旨の契約を締結させたうえ、即日右売買代金名下に前記北陸銀行新潟支店から山形銀行新庄支店の笹原製材所名義の普通預金口座に五六〇万円の振込送金を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人らの主張及びこれに対する判断)

弁護人は判示各事実につき、種々の理由に基づき無罪を主張し、併せて被告人の捜査段階における後記各自白調書は捜査官の脅迫及び利益誘導に基づき作成されたものであつて任意性はなく、その内容は真実に反し信用性のないものであり、また笹原ヒデ及び笹原政寿の検察官に対する各供述調書もその内容は真実に反するもので信用性はない旨主張し、被告人も判示各事実中詐欺の犯行につき無罪である旨供述するので、以下これらの点について順次判断する。

一  被告人の捜査官に対する各供述調書の任意性及び信用性並びに笹原ヒデ及び笹原政寿の捜査官に対する各供述調書の信用性について

1  被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

弁護人は、被告人の司法警察員に対する昭和五六年一月五日付、同月八日付、同月九日付(二通)、同月一一日付、同月一三日付、同月一四日付、同月一五日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二〇日付、同月二一日付、同月二三日付(二通)、同月二五日付、同月二六日付、同月二八日付、同月三〇日付(二通)及び同年二月二日付(計二〇通)各供述調書並びに検察官に対する同年一月一〇日付、同月二二日付、同月二四日付(二通)及び同年二月一七日付各供述調書(計五通)は、いずれも、被告人が、その健康状態が悪い状況下で、「会社をつぶす。」とか、「妻子を逮捕する。」、「娘の夫を首にしてやる。」等と脅迫され、反面、「お前の罪は軽い、執行猶予になる。」等の甘言をささやかれるなどして誘導されて作成され、また、被告人の弁解に対しては、「お前の弁解はあとで書いてやる。」とか、「お前の言うことは問題にならない。」等と言つて必要な調書を作成してくれなかつたものであつて、かかる取調の状況下で作成された前記各供述調書は任意性を欠き、かつ信用性もない旨主張する。なるほどこれらの点につき第九回公判調書中の被告人の供述部分には、右主張に沿うかなり詳細な供述が存するが、第九回公判調書中の証人青山忠男、同松木茂次及び同渡部源五郎の各供述部分には、右被告人の供述部分と真向から対立する供述が存するうえ、山形県警察本部刑事部捜査第二課員として被告人の取調べに当つた右証人青山忠男の供述部分及び司法警察員青山忠男作成の昭和五六年一月五日付捜査報告書には、被告人が自白するに至つた経緯、時期、その際の状況についての詳細な供述や記載が存し、ことに供述の任意性の確保のため、奥山憲行巡査部長を取調べに立会わせるなどの配慮をしていた事実が存すること、被告人の取調べに当つた新庄警察署刑事課捜査二係長である証人渡部源五郎の供述部分には、上司の立場から、松木巡査部長や石栗巡査に対し、被告人が告訴を取下げたりしたこともあつたことから、その取調に際しては言動には注意するよう言つていたとの供述が存すること、更に被告人の右供述部分には、ことさら自己を有利に導くため、誇張して供述しようとの意図が看取されることなどの諸点を併せ考えると、被告人の右供述部分はにわかに信用できず、むしろ、前記被告人の各供述調書には、当時の笹原製材所の資金状態及び経営状態、犯行の動機、態様、騙取金の使途、更には、被告人が妻に対し判示営林署長との売買契約書の金額欄を金策のため違法と知りつつ改ざんした旨を打ち明けた当時の状況につき極めて詳細かつ具体的に記載され、かつ、これらの記載内容は客観的な証拠にも良く符合するものであること、被告人は当公判廷において、自己に有利な主張のみに固執していることなどの事情をも考慮すると、被告人の右各供述調書は任意になされた供述に基づき作成されたもので、かつ、信用性も極めて高いものであると言うべきである。したがつて、この点に関する弁護人の主張は理由がない。

2  笹原ヒデの検察官に対する供述調書

弁護人は、右供述調書は、笹原ヒデが取調べを受けた際、警察官からは、「本当のことを言わなければ逮捕する。」と言われ、検察官からは、最初に、「警察を手こずらせたのはお前だな。」などと言われ、更に、検察官の取調べのあつた昭和五六年一月二一日は、弁護人と午後五時に会う約束があつたことなどから早く取調べを終えてもらいたいと考えていたこともあつて、検察官の意図に迎合して供述したもので、信用性はない旨主張する。なるほど第六回公判調書中の証人笹原ヒデの供述部分には、右主張と同趣旨の供述が存するが、第五回、第六回及び第一四回公判調書中の同証人の各供述部分には、前記供述調書中の被告人の弁解と異なる部分、すなわち不利な部分につき、その供述を翻しているものが非常に多く、ことに供述調書が作成された時点では昭和五四年六月一日に至るまでの被告人と広島和正との間の立木払下資金についての交渉状況につき、「私は夫と広島さんがどのような話をしていたのかよくわかりませんでした。」と供述していたのに対し、右供述部分では「昭和五四年の当初から自分も直接交渉にタッチしていたので大体わかつていた。」と供述したうえ、被告人の弁解に沿うような交渉状況であつたと供述するなど、ことさら被告人に有利になるような供述をし、被告人を庇おうとする意図が顕著に認められるところであり、その取調状況についても、被告人に不利な供述をしたのは自己の意思に反してであるかの如く誇張して供述していることが窺われ、この点に関する供述は容易に信用できない。更に右供述調書の内容のほか関係各証拠を仔細に検討するも右供述調書は検察官に迎合して作成された信用性のないものであるとは到底認められず、弁護人の右主張は理由がないと言わなければならない。かえつて、右供述調書の内容は、詳細かつ具体的であり、ことに、昭和五四年六月一日における被告人と広島との交渉の状況につき、広島が被告人に、「もうけは折半でいいな。売上げは正直に帳簿に書いてそれを見せ合うことにするべや。」とか、「杉は俺の方がしろうとだし、笹原さんの方に売買をお願いするよりほかないな。」などと言つていたとか、当初は融資かと思つていたが、二人の態度を見ていて、前から相談しているし、結局、今回は融資ではなくあの三の滝の立木をそのまま広島さんに売るのかなと考えたとか、自宅に帰つて被告人に融資でなかつたのかと尋ねたら、「うん。」と答えたなどと極めて迫真性に富んでおり、また、判示第三の事実に関しては、広島からの送金が、営林署からの払下価額である二〇〇万円ではなく、五六〇万円であつたことから被告人にそのことを聞いたら、「それで契約したんだからいいんだ。」などとの供述があるほか、その後の広島とのトラブルの状況、被告人を庇うため虚偽の供述をせざるを得なかつたことの理由なども具体的に供述するほか、自己の知らない点については知らないと供述するなど極めて自然なものであり、前述の公判調書中の供述部分と比較すると極めて信用性の高いものと言うことができる。

3  笹原政寿の検察官に対する供述調書

弁護人は、右供述調書は、笹原政寿が取調べのため警察から呼出を受けた際、当時同人が東京の会社に入社したばかりであつたため取調べの日をずらしてほしいと希望を述べたが、警察官から社長に話されそうになつたため、会社には、不幸があつたということにして二日間の休暇をとり、取調べを受けたものであるが、検察官の取調べは二日目の午後三時から同九時までに及んだうえ、読み聞けの内容が間違いであることを知つて何回も訂正を申し出たが容れられず、これ以上こじれると父である被告人の逮捕の事実が会社に知れ、首になるおそれを感じ強く否定できなかつた状況下で作成されたもので、その供述は信用性のないものである旨主張し、第五回公判調書中の証人笹原政寿の供述部分には右主張に沿う供述が存するが、右供述調書の内容が自己の実父の罪責に関する事実であり、しかも不利になるような事実を述べていること、昭和五四年六月一日の被告人と広島との交渉の内容を極めて具体的に供述し、「これまで被告人の主張に沿う供述をするため嘘を言つていたが、それが間違つていることであり、やはり正直に話をすべきだと思い記憶の通り申し上げました。」と供述していることなどからすると、被告人の主張に沿う供述に終始する第五回及び第一三回公判調書中の同証人の各供述部分に比し、極めて信用性の高いものと言うことができる。

二  判示第二及び第三の各詐欺の事実について

1  被告人及び弁護人は、笹原製材所と広和林業との間に昭和五四年六月一日及び同年七月三一日にそれぞれ締結した各契約に基づく判示約束手形二枚(額面合計五〇〇万円)の交付及び二五〇〇万円の振込送金並びに五六〇万円の振込送金は、笹原製材所と広和林業との間の通称三の滝山林の払下立木の売買代金の支払ではなく、笹原製材所が古口営林署へ支払う払下代金を広和林業が融資したものである旨述べ、更に弁護人はこの点につき極めて多岐にわたる観点から種々論及し、無罪である旨主張するので、以下この点につき判断する。

2  判示第二及び第三の各事実につき挙示した前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一) 被告人は、昭和五三年秋ころ、古口営林署から通称三の滝山林の払下げを受けることができることを知つたが、当時被告人及び同人が経営する笹原製材所は多額の借金を抱え、払下価額として予想された約二五〇〇万円の金員を捻出する余裕は全くなかつたこと、しかし、右山林の払下げを受けなければ以後の随意契約による払下げを受けることができなくなり、ひいては資材の約七、八十パーセントを右払下げにかかる国有林に依存していた右笹原製材所としては事業の継続さえも困難になることが予想され、また、当時パルプ用材が値上り傾向にあつたことから、被告人としては、三の滝山林の払下げを受けたいと考えたこと

(二)そこで被告人は、当時取引関係にあつた広和林業の代表取締役広島和正から右資金の融資を受けてその支払にあてようと考え、同年一二月ころ以降右広島に対し、「まれにみるいい山が出るから資金援助をお願いしたい。」として、右資金の融資方を申し入れていたが、同人は〓葉樹の取引については経験を積んでいたものの、右三の滝山林には杉立木が含まれており、同人は杉の取引には自信がなかつたばかりでなく、前記広和林業から笹原製材所への前渡金(仮払金)は二〇〇万円を限度としていたのにそのころは既に一九三万五六五三円になつていたことから融資することはできない旨その申し出を拒絶していたこと

(三) 昭和五四年四月ころ、被告人は右広島に対し、前記三の滝山林の払下価額が約二五〇〇万円くらいであるとして再三融資方を交渉したけれども広島は右要請に容易に応じなかつたことから融資が無理であれば売買でもやむを得ないと考え広島を現地に案内するなどして交渉した結果、右立木を古口営林署から払下げた代金と同額で広和林業に売却したうえ、笹原製材所が杉の買手を探してこれを売却させ、その余の立木を広和林業が転売して得た利益は両社で折半することとし、そのために右取引に関する双方の帳簿を公開するとともに、右立木の払下げは営林署との随時契約であり転売が禁止されていたことから右営林署への手続は笹原製材所で行うことにしたこと、その結果右取引による利益は諸経費を控除しても両社に払下価格の約一五パーセントの収入となることが予想できたこと

(四) その後被告人は、昭和五四年五月下旬ころ、右払下価額が九九五万円であることを営林署から知らされたが、予想よりかなり低額であつたため、前記のとおり多額の借金があり、特に天童市の佐藤政蔵らに対し早急に返済しなければならない借金が一四〇〇万円にも達する状況にあつたこともあつて、広島に対し払下価額を右のとおり九九五万円であると言うべきところを二九九五万円であると言つてその金額で売買契約を締結し、売買代金名下に金員を騙取し、騙取した金員のうち払下代金に充当した残金を借金の返済等にあてようと考え、判示第二の一連の犯行を実行したこと

(五) 更に同年七月三一日ころ、笹原製材所は、前記山林の支障木の払下げを受けることになつたが、依然として右同様の経営状態であつたところ、当時右払下価額を五、六百万円と予想していたのに同月三〇日ころ、予想に反し払下価額を二〇〇万円とする旨連絡があつたため、前同様の方法で広島から金員を騙取しようと決意し、同月三一日判示第三の犯行をなしたこと以上の事実を認めることができるのであり、右認定事実によると、前記各詐欺の事実はその証明が十分であると言うことができる。

3  なお、弁護人はこの点に関し、前記のとおり、極めて多岐にわたる観点から種々論及し、無罪である旨主張するので、以下重点かつ必要であると思われる点につき判断を示すこととする。

(一) 弁護人は、まず、笹原製材所はかねて営林署から広葉樹の立木の払下げを受ける場合には中越パルプ工業株式会社(以下、中越パルプと略称する。)からその払下げ代金全額の融資を受けたり毎月前渡金の支払いを受けるなど種々の方法によつて資金援助を受けていたところ、中越パルプ以上の取引条件で資金援助を受けるということで開始された広和林業との取引でも従前の資金援助の方法が踏襲されこれが慣行化されており、本件の場合も、立倒木売買契約書と請負契約書による資金援助の形式によるものであり、売買代金額が融資貸付額であり、返済期日は請負契約の期間となり、かつ無利息ということになる旨主張し、被告人も当公判廷において右主張に沿う供述をする。しかしながら、関係各証拠、就中、証人中神祐正に対する受命裁判官の尋問調書及び株式会社北陸銀行新潟支店支店長金井源市作成の捜査関係事項照会に対する回答書中の新規手形貸付稟議書(乙)等関係各証拠によれば、中越パルプが笹原製材所に対し資金を貸付ける場合は、金銭消費貸借譲渡担保契約書を取交し、担保としては立倒木一切を提供させ、立倒木売買契約書を取交す場合は、書面通り立倒木の売買ということであつて、その実質は金銭の貸借であるというようなことはなく、立倒木売買とするのは山、数量、金額共に大きい場合で、会社が保有する立木にしてしまいたい場合であり、金銭消費貸借契約を締結するのは機械を買うための資金等を融資するなど純然たる融資の場合であつたこと、広島は昭和五四年六月四日前記北陸銀行新潟支店に金額三〇〇〇万円の手形貸付を申込む際、資金使途必要理由欄に立木購入資金と記載して申込み、人的物的担保を設定し年六・二五パーセントの利率で昭和五五年三月三一日を返済期限として右金員を借受けたこと、昭和五四年六月一日及び同年七月三一日に笹原製材所と広和林業との間で締結作成された契約書は立倒木売買契約書であつたこと、更に右六月一日の契約締結に際し、返済期限、利息、担保、違約金等についての話は何らなく、融資ということは全く話題にものぼらず、七月三一日ころ被告人と右広島との間で営林署から払下げられる支障木について電話で交渉した際にも同様であつたこと、以上の事実が認められるのであり、右認定事実に照らすと、被告人と右広島との間に取交わされた契約は、各契約当日付をもつて作成された各立倒木売買契約書の記載のとおり、三の滝山林の立倒木及び支障木の売買契約であることは疑う余地がなく、従つて広島が被告人に交付した約束手形及び振込送金した金員はその代金であることが認められ、これが広島から被告人に対する融資であるとする被告人の当公判廷における供述は、もし、そのとおりであるとするならば、広島は前記銀行から担保付で利息を支払つて借りた三〇〇〇万円を被告人に無担保、無利息で転貸することとなり、利息の負担方法等についても何ら話合われていない本件においては極めて不合理であると言わざるを得ず、被告人の右供述は単なる責任逃れのための弁解としか考えられずこの点に関する弁護人の主張は理由がない。

(二) また弁護人は、本件立倒木売買契約書は売買のためのものではなく、広島が銀行から融資を受けるため銀行へ提出する目的で作成されたに過ぎないものである旨主張する。しかしながら、本件関係各証拠及び前記(一)に認定した事実とその経過を綜合すると、右売買契約書は銀行から融資を受けるための資料としてのみ作成されたものではないことは明らかであつて、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

(三) 次に、弁護人は、本件売買契約につき(1)払下価額と同額による売買は経済法則に反する、(2)笹原製材所と共同で買受けた業者との間に売買契約がなされていない、(3)立倒木の搬出期限は営林署からの払下げ契約に基づくそれより遅くなつており、搬出期限の記載には時期的に矛盾がある、(4)立木の引渡に関し、代金支払と同時となつているのに、営林署からの払下げ売買契約書には「代金支払の翌日から起算して一五日以内」となつていて立木の引渡に関し不備がある、(5)売買契約において売主に連帯保証人をつけるのは矛盾である等主張するが、(1)については、前記二の2に認定した事実からすれば何ら不合理な点はなく、(2)については、本件証拠上事後に笹原製材所が共同買受人の買受にかかる部分についても金員を支払つて買受けていること、笹原製材所が共同買受人の代表として払下げ契約を締結し、主導的立場にあつたこと等からすれば特段不合理とも言えず、(3)については、押収してある売買契約書(前同押号の符号四)によれば、搬出期間は、引渡(代金納入等のあつた日の翌日から起算して一五日以内に行うものとする)を完了した日から起算して一三か月とする旨記載してあり、押収してある立倒木売買契約書(前同押号の符号三四)にはその期限を昭和五五年一〇月一日とする旨の記載があつて両者には矛盾があるが、もともと被告人と広島との間に取交わされた右の立倒木売買契約は払下げ立木の転売を禁じた被告人と営林署間の売買契約の条件に反するものであつたばかりでなく、三の滝山林の伐採、搬出を請負つた北日本索道株式会社(以下、北日本索道と略称する。)の常傭である証人中島寿三の受命裁判官に対する尋問調書によると同山林の伐採、搬出は昭和五四年一一月末までに終わる予定であつたこと、しかしながら同年一〇月で作業が中断され、昭和五五年四月からまた、伐採、作業が開始されたが、北日本索道では営林署の払下げ条件で伐採、搬出期限が同年七月までとなつていた関係上、その期限までに作業を終了させたことが認められ、以上認定の事実によると、右立倒木売買契約書の搬出期限が前記売買契約書のそれと矛盾していたとしても、これをもつて被告人と広島との間の契約は売買契約であるとの認定を妨げるものではなく、(4)については、本件売買契約締結に際しては印刷された不動文字を用いていたために弁護人指摘のような不備が生じたものであり、むしろかかる不備は被告人側においても予め指摘しておくべきものであつたばかりでなく、この点に関するものは手続上の不備に過ぎず実際の引渡の有無とは別問題であつて特段の不合理はなく、(5)については、関係各証拠によると、立木売買については商取引の慣行として一般に行われていたもののようであり、現に笹原製材所と中越パルプとの立倒木売買契約書には売主を笹原製材所、連帯保証人を笹原ヒデとする契約がなされていたことが認められるうえ、特に三の滝山林の本件売買契約に関しては、広島は被告人の信用に疑問を抱き被告人の長男政寿が被告人の製材業を継ぐのであれば笹原製材所との取引を継続しようと考えて本件売買契約の締結に当つて同人を売主の連帯保証人とした経緯が認められるのであつて格別奇異なこととは言えず、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

(四) 次に、弁護人は、被告人に売買契約の意思及びその必要のなかつた理由として、(1)本件三の滝山林の払下げ期間は昭和五五年三月三一日までであり、契約締結を急ぐ必要はなかつた、(2)随意契約で払下げを受けた右立木については無断転売が禁止されており、更に天杉については製材製品として販売することが義務付けられていたこと、(3)広島は天杉については専門的知識を有せず、その販売を同人にまかせて被告人と利益折半方式をとることは考えられない旨それぞれ主張する。しかしながら、(1)については、前記二の2に認定した事実及び関係各証拠によれば、当時の笹原製材所(被告人も含む)は、六〇〇〇万円にのぼる多額の借金があり、特に支払期限を猶予してもらい早急に返済しなければならない分として一四〇〇万円の金員の調達が焦眉の急であつたばかりでなく、国有林の払下げがその取引額の約七、八割を占めていた笹原製材所としては随意契約による本件三の滝山林の払下げを受ける必要に迫られていたところ、その払下げ代金の調達すら思うにまかせなかつた被告人としては、その当時雑木類の売買取引をしていた広島からその資金を出してもらう以外に金策の方法がなかつたことが認められることからすると、被告人は本件売買契約の締結を急いでいたことが認められ、(2)については、被告人の検察官に対する昭和五六年一月二二日付供述調書等によれば、営林署から随意契約で払下げを受けた立木については、杉に限らす広葉樹も、製材する前に転売することは、営林署との契約で禁止されていた(売買契約書第二六条)けれども、実際には営林署に内緒で転売することがよくあり、被告人自身も本件契約以前にも何度か営林署の許可を受けないで転売したことがあつたこと、特に本件売買の場合、被告人としては立木売買はしたくなかつたものの、広島から金を出してもらえないと本件三の滝山林の払下げを受けられなくなる反面、広島がこれを売却して得た利益は広和林業と笹原製材所とで折半し、そのために、帳簿も公開する旨約束してくれたため、右払下立木を広和林業に売却することにしたこと、以上の事実が認められ、これらの事実経過からすれば、右(1)、(2)の点に関する弁護人の前記主張は証拠に基づかないで事実関係を云為するものであつて失当であることも明らかであり、更に、(3)についても、右認定の事実及び前記二の2に認定したとおり、天杉については広島が笹原製材所にその販売先を探して売却することを任せていたのであつて、これらの認定事実からすると弁護人の前記主張も失当であり、結局、弁護人の前記主張は、いずれも採用することができない。

(五) 次に弁護人は、本件の立倒木売買契約においては、売買に不可欠な立木の引渡が行われておらず、このことは真実は融資であつたことを裏づける旨主張する。なるほど本件記録を精査するも立倒木売買契約書三通(前同押号の符号三四ないし三六)中のいずれもその三条に記載するような形式、すなわち、当事者等立会のうえ、境界を確定し標示をなして行うなどの方法による引渡が行われていると認めることはできないが、広和林業が自ら請負業者である北日本索道に依頼して伐採搬出等をさせて事実上の引渡しを行つていたことが認められるところであり、この点からしても、本件売買契約は真実は融資であつたことを裏付けるものとは到底言えず、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

(六) 次に、弁護人は、昭和五四年九月二一日ころ、被告人が広島に対し、検収もしないで無断で杉用材を運び出そうとしていたことにつき抗議したが、その際広島は、「四〇〇〇万円も金を出したのだから、目こぼしで諒解してもらえると思つた。」と答え、更に同人は、「自分で金を出して木を運んで何が悪い。」とまで言い、笹原政寿が、「お金を借りただけで立木は売つていない。」と抗議したことに対し、広島は、「借りたのなら返せはよいではないか。」などと言つており、右広島の言動からすれば双方ともそれまでの金員の交付が立木の売買代金ではなく、融資であることを前提としての言動である旨主張する。なるほど、被告人は当公判廷において右主張に沿う供述をし、第一三回公判調書中の証人笹原政寿の供述部分にも右事実関係に符合する供述が存する。しかしながら、被告人の前掲各供述調書及び第三回公判調書中の証人広島和正の供述部分によれば、昭和五四年九月二一日ころ広島の指示で三の滝山林のトラツク土場から杉用材が搬出されようとしたことから被告人と広島との間でトラブルが起きたが、広島としてはトラブルを起こしても仕方がないと思い杉用材の搬出をやめるよう業者に指示したこと、そしてその後後述するような経緯で右杉立木の買戻しの話が本格的に進められたこと、以上の各事実が認められる。してみれば、仮に広島が弁護人主張の如き発言をしたとしても、この事実をもつて、前記二の2において認定した事実を覆すに足りるとは到底考えられず、この点の弁護人の主張も理由がない。

(七) 次に、弁護人は、押収してある元帳の写と題する書面(前同押号の符号二七)及び受取支払手形記入帳(前同押号の符号六一)の各記載を根拠に、本件額面合計五〇〇万円の約束手形の交付並びに二五〇〇万円及び五六〇万円の各振込送金は融資である旨主張する。しかしながら、証人広島和正に対する受命裁判官の尋問調書、押収してある三の滝山林損益計算書の写と題する書面(前同押号の符号二六)等関係各証拠によれば、右元帳の写と題する書面の記載は、山の売買特有の記載の仕方であつて、何ら不合理な点はなく、一枚目の六月度合計の差引残高欄にある三〇〇万円(左肩部分に赤い三角の印がある)の記載も、これは広和林業所有の三の滝山林に、まだ三〇〇〇万円分のものがあるということを意味するものであるばかりでなく、右三〇〇〇万円は(有)笹原製材所より買入れた立木代として記載されていることが認められ、前記二の2に認定した事実に何ら抵触するものではない。また、右受取支払手形記入帳中の広和林業関係の記載分(最終丁のもの)は、被告人の当公判廷における供述によれば、右は笹原ヒデが記載したものであることが認められるが、記載した時期及び目的などは本件記録上必ずしも明らかではなく、そのうえ、その記載は年号を間違つていること、土湯山林関係についての金員の出納状況の記載がないこと等に鑑みればその記載内容はたやすく信用できない。してみれば、この点に関する弁護人の主張も理由がないと言わなければならない。

(八) 次に、弁護人は、(1)笹原製材所と小宅銘木店間の昭和五四年一一月一〇日付及び同年一一月一九日付の売買契約書は笹原製材所が売主であること、(2)中島組の人夫を笹原製材所が確保したことや、架線測量及び支障木調査について笹原製材所が大変な努力をつくし、伐採、搬出についても積極的な支援を示したこと、(3)被告人は、昭和五五年七月二五日、広島を告訴したことなどの事実は立木の所有権が笹原製材所にあつたことを推認させるに足る事実である旨主張する。しかしながら、関係各証拠、就中、被告人の司法警察員に対する昭和五六年一月一三日付、検察官に対する同月二二日付各供述調書、第二回公判調書中証人広島和正の供述部分及び第六回公判調書中証人小宅守の供述部分等によると、広島は被告人から買受けた三の滝山林の立木について昭和五四年八月末ころから北日本索道に依頼して伐採、搬出をはじめたところ、杉材だけでも製材した場合の価額は六六〇〇万円程度になるものと値踏みした被告人は、広島から杉材だけを買戻して製材し売却して利益をあげたいと考えるようになり、同年九月ころから広島に対し三の滝山林から伐採された杉材の買戻し方を求めていたところ、同人はこれに応ずることとしその代金はそれまで同人が被告人に支払つた総額である三六九〇万円に伐採搬出費を加算した金額となつたことからその金主を探していたところ、そのころ知人を通して栃木県内で銘木店を営んでいる小宅守を紹介され、同人に対して三の滝山林は被告人が営林署から払下げを受けて所有しているものであるとしてその買取り方を交渉したこと、ところがその後右小宅は三の滝山林の杉材は広島が鎖をかけて搬出できないようにしていることを聞知したことから広島を交えて交渉を重ねた結果、同年一一月一〇日被告人と広和林業との間で三の滝山林に関する杉材についてはさきの売買契約を解除したうえ、改めて被告人と右小宅間で秋田杉のうち大割材と盤製品について売買契約を締結し(前同押号の符号五〇)、同月一九日納期及び代金決済方法を一部変更して改めて売買契約書(前同押号の符号五一)を作成したこと、その際右広島は被告人と小宅との契約の履行を確保するために広和林業と笹原製材所との前記契約中秋田杉三〇二本については売買契約を解除し既払代金の支払期限を定めた同日付の念書(前同押号の符号八)をしたためたことが認められ、右の各認定の前記各売買契約書が作成されるに至つた経緯からすると、被告人は三の滝山林の立倒木を広和林業に売渡した事実は明らかでこそあれ、笹原製材所と小宅銘木店間に取交わされた前記売買契約書の存在をもつて立木の所有権が笹原製材所にあつたことの裏付けとすることはできず、(2)についても三の滝山林の立木伐採契約は広和林業と北日本索道との間に締結された中島組が伐採作業に当つたものであることは第二回公判調書中の証人広島和正の供述部分、第一二回公判調書中の証人兼子市長の供述部分及び証人中島壽三に対する受命裁判官の尋問調書によつて認められるところであるばかりでなく、仮に前記主張のような事実があつたとしてもそれは三の滝山林の架線測量や支障木調査更には立木が伐採搬出されることは被告人の利益となることでもあつたのであるから、被告人がこれらについて積極的に支援したとしてもそのこと自体何ら前記二の2に認定した事実と抵触しないことはもちろん、右認定事実を覆すものでもなく、(3)についても、右告訴がなされたとは言え、被告人の司法警察員に対する昭和五六年一月一五日付供述調書及び第九回公判調書中の証人松木茂次の供述部分によればその後右告訴は取下げられているうえ、告訴したという事実をもつてしても、それはあくまでも告訴人の主観的な主張にすぎず、何ら立木の所有権が笹原製材所にあつたことを推測させるものではないのみならず、そもそも右告訴は、被告人が営林署から払下げを受けた三の滝山林の立木のうち秋田杉については広島(広和林業)に売買したものではなく広島から出させた三六九〇万円は融資であつて秋田杉については被告に所有権がある旨虚偽の事実を弁護士に説明してなされたものであり、また、右告訴の取下げも告訴事件についての警察の取調べが進展するうちに被告人の本件各公文書変造の事実が発覚しそうになつたことから急遽取下げられたものであることが認められる。してみれば、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

(九) 次に、弁護人は、本件三の滝山林の天杉及び広葉樹の実態につき詳細に検討し、同山林の実質価額からすると被告人は広島と売買契約を締結したことはなく、また、するはずもなく、まして詐欺罪は成立しない旨主張するかのごとくであるが、右山林の払下立木の実態が、前記二の2に認定した事実に影響を及ぼすとは考えられず、また仮に、その実態が弁護人主張のとおりであつたとしても、これをもつて、笹原製材所と広和林業との間の本件三の滝山林に関する契約が前記二の2に認定したような内容のものであるとの認定を覆すものでないことは明らかであり、したがつて、この点の弁護人の主張も理由がない。

(一〇) その他弁護人は種々主張するが、いずれも前記二の2に認定した事実を覆し、あるいはこれに影響を与えるに足りる主張とは認められない。

三  詐欺罪に関する予備的主張について

弁護人は、仮に、被告人と広島との間で締結された本件三の滝山林に関する前記各契約が売買だとしても、三の滝山林の立木中の天杉の総評価は一億八六九二万円(あるいは二億三三〇九万四七〇〇円とも主張する。)となり、この中から木代金、作業金等を差引いても、広島には厖大な利益が残るほか、広葉樹の総額は二三七四万六五〇〇円であるが、そもそも売買名下による詐欺罪が成立するためには、売買代金が客観的に評価される物の代価より不相当に高すぎて売主の説明を信じて代価を支払つた買主の経済的利益を害することを要件とし、右要件を欠けば詐欺罪の要件たる不法領得の意思がないものと言わざるを得ないところ、広和林業は三八六〇万円の代価を支払つて二億円を上回る立木を取得しているのであるから、被告人に詐欺罪が成立する理由はない旨主張する。しかしながら、詐欺罪の成立要件についての右の見解は弁護人の独自の見解であつて到底採用することができず、広島において前記各山林の立倒木の払下価額が九九五万円や二〇〇万円であることを知つていたらこれを判示第二及び第三に認定した売買価額で買う意思のなかつたことは証拠上明白であるから、詐欺罪の成立を疑う余地はなく、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

四  有印公文書変造、同行使について

弁護人は、判示第一及び第二の各有印公文書変造、同行使につき、行使の目的が公訴事実記載のそれと異なる場合は訴因変更がなければ有罪判決をなし得ない旨主張するが、判示第一及び第二の各事実につき、本件関係各証拠によれば判示のような行使の目的をもつてなしたことは明らかであつて、弁護人の右主張はいずれの事実についてもその前提を欠くものであるから理由のないものであることは、論ずるまでもない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、有印公文書変造の点は刑法一五五条二項に、変造有印公文書行使の点は同法一五八条一項、一五五条二項に、判示第二の所為中、有印公文書変造の点は同法一五五条二項に、変造有印公文書行使の点は同法一五八条一項、一五五条二項に、詐欺の点は包括して同法二四六条一項に、判示第三の所為は同法二四六条一項に各該当するところ、判示第一の有印公文書変造とその行使との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い変造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、判示第二の有印公文書変造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により結局一罪として刑及び犯情の最も重い変造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の変造有印公文書行使罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、後掲(量刑の理由)記載の情状に鑑み、被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとし、押収してある売買契約書写一通(昭和五六年押第五号の符号二一)中変造部分は判示第一の変造有印公文書行使の、売買契約書写一通(前同押号の符号一)中変造部分は判示第二の変造有印公文書行使の各犯罪行為を組成した物で、いずれもなんぴとの所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用していずれもこれを没収し、なお、訴訟費用については刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、多額の借金の返済に窮していた被告人が、公文書である営林署との国有林の売買契約書の金額欄を改ざんして変造したうえこれを行使し、売買代金名下に金員を騙取するなどしたものであるが、その動機は自己の経営する製材所の借金の返済や国有林の払下げ代金の捻出に窮して敢行したというもので格別同情に値するものではなく、その態様もあらかじめ営林署からの払下げ価額と同額で転売する約束のあつた判示被害者に対し、同人が被告人と営林署との売買契約書を全面的に信用していることを奇貨として、右契約書の金額欄に鉛筆で数字を書き加え、そのコピーを作成して改ざんするなど巧妙な手口で変造したうえこれを行使するなど極めて計画的かつ悪質であり、また騙取した金額も合計三五六〇万円もの多額にのぼり、騙取金額の点のみをみても重大な事犯と言わざるを得ず、これらの諸点に右被害の弁償がなされていないことをも考慮すると、被告人の刑事責任はまことに重大と言うべきである。

もつとも、本件騙取金額全額が、必ずしも被害者に与えた実損害であるとまでは認められないこと、騙取した金員は遊興費などに費消したものではなく自己の借金の返済などにあてられていること、被告人には労働基準法違反による罰金刑以外には前科がないこと等被告人に有利に斟酌すべき事情も存するけれども、これらの事情に加え、被告人の年齢、経歴、家族の状況等諸般の事情を考慮に入れても前記犯行の手段、方法、態様、被害額等諸般の情状に鑑みれば、なお被告人に対しては主文掲記の実刑を科するのもまことにやむを得ないものと判断し、主文のとおり量刑した次第である。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

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